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東京高等裁判所 昭和57年(行コ)19号 判決

控訴人(原告) 沖山英彦

被控訴人(被告) 山梨県国民健康保険診療報酬審査委員会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。控訴人の国民健康保険被保険者杉田七郎にかかる昭和五四年四月分の療養の給付に関する費用の請求につき、被控訴人が昭和五四年五月一六日にしたニコリン五〇〇ミリグラム二アンプル二三回一〇四八八点の減点処分、及び同年七月一八日にした右減点を原審どおりと決定した再審査決定をいずれも取り消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠の提出・援用・認否は、控訴人の主張として次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これ(略語例を含む))をここに引用する。

「審査委員会は国保法により連合会に設置された機関であつて、同法によつて診療報酬請求権の存否・内容について審査する権限を与えられ、しかも審査を行う義務を負担せしめられている。そして、専門家である医師の診療行為の内容を対象として公益性の高い公正な判断がなされることを担保すべく、その組織についても法定されている。かかる国保法の趣旨からすれば、審査委員会の行う診療報酬の請求に対する審査は、連合会における単なる内部的な債務確認行為とみるべきではなく、すでに客観的に発生している診療報酬請求権の存否及び範囲を公権力的に判断・確認する行為であり、診療報酬請求権の行使自体が審査委員会の審査による報酬額の最終的確定に係らしめられているものと解するのが相当である。

連合会は右審査結果に拘束され、審査委員会の判断と異なる診療報酬を支払うことは許されないし、療養取扱機関は、減点査定された報酬額の支払が受けられないだけでなく、被保険者から支払を受けた一部負担金を減点査定の割合に応じて被保険者に還付すべく拘束される。審査の指針を示し、審査の結果として減点査定をなしうることを当然としている厚生省保険局長通知(昭和三三年一二月四日保発第七一号の二)は、法律でないとはいえ、審査委員会により、その他の関連通達と相まつて二〇数年以上にわたり全国一律画一的に実施されてきたことによつて、すでに慣習化し、審査委員会は勿論、連合会及び療養取扱機関に対してこれを遵守すべき効力をもつに至つているものであるから、審査委員会の行う審査の結果としての減点等の措置は、右慣習としての通達=慣習法の実施として、拘束力をもつものというべきである。減点査定に伴う一部負担金の差額金還付を指示した保険局国民健康保険課長通知(昭和三五年七月四日保険発第八五号の二)にしても、その趣旨に則り、減点分にかかる差額金の還付が長年にわたり継続して行われていることにより、同じく慣習として確立し、減点査定の効果として療養取扱機関を拘束する効力をもつている。

それにもかかわらず、連合会その他の行政機関や療養取扱機関が審査結果に拘束されず、これを無視して行動してよいことになれば、国保法が審査委員会に関する規定を置いた意味はなく、診療報酬の支払に関して徒らに混乱を招くばかりである。かかる混乱を回避し、法律関係の一義的解決を図るためには、審査委員会の審査を診療報酬を確定する行政庁の最終的判断として取り扱い、不服のある療養取扱機関には、行政訴訟によつて争わしめるのが、根本的な解決手段として至当である。仮に審査自体が厳格な意味での行政処分にあたらないとしても、国民の利益擁護の必要から、これを形式的に行政処分に該当するものとして抗告訴訟の対象となることを認めても、国保法の規定・趣旨に照らし、不合理とはいえない。」

理由

当裁判所も、国民健康保険診療報酬審査委員会が療養取扱機関からの診療報酬の請求に対して行う審査は、右報酬の請求を受けた連合会が、支払の前提として適正な報酬額を確認するために、当該連合会に置かれた審査委員会によつて、請求にかかる診療報酬額の当否を点検確認する措置にすぎず、審査の結果として減点査定がなされても、法律上、療養取扱機関が取得している客観的に正当な診療報酬請求権その他の権利義務になんら不利益な効果を及ぼすものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分にはあたらないと考えるので、右と前提を異にし、本件で被控訴人とされている山梨県国民健康保険診療報酬審査委員会が控訴人の診療報酬請求についてした減点の査定を行政処分にあたるとし、右査定を不服とする控訴人の求めによつてした再度の考案(控訴人のいう再審査)の結果を裁決取消しの訴えの対象となる裁決にあたるとして、その各取消しを求める控訴人の本件各訴えは、不適法として却下を免れないものと判断する。その理由は、原判決が理由欄において説示するところと同一であるので、これをここに引用する。右判断は、引用にかかる最高裁判所昭和五三年四月四日判決と趣旨を同じくするところであり、本件についてこれと別異に解するのを相当とする理由は見出しえない。

実際問題として連合会が審査の結果と異なる診療報酬の任意支払に応ぜず、療養取扱機関もこれと異なる報酬の支払を受けえない結果となるのは、支払事務の委託をうけた連合会において支払うべき報酬額の確認を、当該連合会に設置された審査委員会の審査によつてすることとしている制度上当然の帰結であつて、審査の結果に公定力が認められるためではなく、従つて、療養取扱機関から連合会に対し民事訴訟によつて正当な診療報酬の支払を求めるにあたつては、審査の結果は何らその必要的な前提をなすものではなく、又何らの妨げともならないのである。控訴人は、審査が連合会の内部的な債務確認行為にすぎないとすれば、審査委員会の権限・組織等について法が規定を置いた意味がなくなるというが、国民健康保険事業の運営上診療報酬が適正に支払われるべく配慮することは、事業の健全な運営につとめるべき債務を負う国として当然のことであり、国は控訴人の指摘する厚生省保険局長通知その他の関係通達を通じても、診療報酬の審査が公正且つ統一的になされるよう、審査の指針を示して事業運営の指導につとめているところである。審査業務の運用が関係通達に則つて定着したことを理由に、審査機関に対して審査の指針を示したものにほかならない関係通達が慣習法化したとし、上述のように本来支払の前提としてなされる内部的な診療報酬額の点検確認行為にすぎない審査が、慣習法の実施として国民の権利義務を直接規制する効力を有するに至つたとする所論は、独自の見解というほかなく、法理上も、事実上も、これを肯認すべき根拠は到底見出しえない。減点査定に伴う一部負担金の還付に関する前掲国民健康保険課長の通知は、審査の結果示された診療報酬額が適正な報酬額として関係者間で承認された通常の場合を前提としてその事後処理につき監督官庁の指導的見解を表明したにほかならないものと解すべく、法が正当な報酬額を基準として定める一部負担金の額が、誤つた審査の結果によつて左右され、関係者を法律上拘束することが認められうべくもないことはいうまでもない。ここでも通知の慣習法化をいう所論も、もとより採用の限りでない。

審査委員会の行う審査が本来行政処分にあたらず、診療報酬請求権に関する法律関係は債権債務の関係として処理することができるにしても、大量的に発生し、被保険者による一部負担金の額にも絡むこの法律関係を、一義的根本的に解決して国民の利益を擁護するため、その確定過程に存する行為を形式的に行政処分に見たてて、抗告訴訟の対象とすることを認めるべきであるとする所論は、立法政策に関連する議論としては検討に値する点を含む考え方であり、控訴人は種々縷陳するけれども、そのいわんとするところは、ひつきよう、ここに帰するやに推測されないでもない。しかし、国保法は、その第九章において、保険給付に関する処分その他同法九一条一項所定の処分については、これに対する不服を審査すべき機関として国民健康保険審査会を設け、その審査裁決を経た上で抗告訴訟の提起を認める仕組みを取つているが、連合会に設置された機関であり、連合会が保険者から委託を受けた場合に診療報酬請求の審査に当たる審査委員会の審査が、同条にいう処分に含まれるとは条文の解釈上認めがたく、現に、本件の訴えも同章一〇三条に定める国民健康保険審査会の裁決を経た上で提起されたものではなく、さりとて、同章の規定とは別個に、或いは審査委員会の審査を九一条所定の処分に準じるものとして、さらには同委員会の行う再度の考案の結果を一〇三条所定の裁決に準ずるものとして、これらを対象とする抗告訴訟を認めることは、前叙審査委員会の性格からいつても、第九章において抗告訴訟により紛争解決をはかるべき場合を法定した法の趣旨に徴しても、許されないところといわざるをえないので、所論は、現行法下の解釈論としては、これを採用するに由ないものといわなければならない。

よつて、控訴人の各訴えを却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条・八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田洋一 横山長 野崎幸雄)

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